そんなの関係ねぇ!

そんなの関係ねー

そんなの関係ねぇ!

そんなの関係ねぇ!。大人気、小島よしおさんのフレーズです。

家相研究会は、家相を解き明かしてまいりました。神や仏に日々感謝して暮らせば、それが「吉だ」 そういってまいりました。今まで聞いていた家相とは大きく違うことに気づかれたと思います。

なら家相でよく言われる、正中線や張り欠け、間取りなども気にしなくてよいのでしょうか? 誰もが気になさると思います。ずばり

とお伝えしておきましょう。

でお伝えした通りです。間取りや正中線だ。張り欠けだ。まったく気にする必要はありません。平安時代から明治維新まで1200年以上続いた家相はそういったものではないからです。それこそ占いの先生に、張りや欠け、三所三備が非常に多い構造の京都御所の図面を鑑定していただければよいでしょう。

多くの庶民も、借家である長屋に住み、間取りなど気にすることすらできません。それでも庶民は、幸せに暮らしてきたのです。そう申しておきましょう。

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石灰壇が家相の発祥

石灰壇が家相の発祥

石灰壇(いしばいのだん)、宮内庁では、(いしばいだん)とよんでいます。

宮内庁ホームページ  https://kyoto-gosho.kunaicho.go.jp/room/3A208

上記のリンクでしっかりご覧ください。

清涼殿の内部なのですが、地面から土を盛り上げ、漆喰で固めた床仕上げにされています。恐らく地面と繋がることで、伊勢の神や四方の神々への思いが届きやすいようにされたのだと思います。

平安時代につくられ、火災で焼失し、再興され、また焼失し、1855年に復興するなど、「造られ」「焼失」を繰り返しております。

石灰壇は、時の天皇が、神々に祭祀を行っていた場所です。朝日が入る清涼殿の中でも一番良い場所であることは間違いありません。そういった場所で祭祀祭礼を行い、世の安泰、五穀豊穣を願っていたのです。

これこそが家相発祥の場所です。ですから「猿が辻」が発祥の場所ではありません。

家相ではよく、ナンテンを植えると難を転じるとか、土地の鬼門方向を切り欠けば災いが逃れるなどと言われますが、迷信でもありますが、それらはすべて後ろ向きに逃げる手法であります。石灰壇のように前向きに願う所作を行う場所を持つことが家相であるということです。

宮内庁の写真をご覧になると、炉がきられています。密教ですから、ごく限られた人間のみの伝承だと思われますが、護摩も行われていたでしょう。四方拝は代拝も許されない祭祀であると言われており、道教や陰陽道など、空海、弘法大師の影響が大きいと思われます。

石灰壇(いしばいだん)が家相の発祥であることがご理解いただけたと思います。祈る場所を持つ、日々願う場所を持つことが家相であり、災い事から逃げる対策をすることが家相ではないことを、お伝えしておきましょう。

家相研究会

空海は「鬼」など相手にしない

家相学

最初に言っておきますが、空海や真言宗の「宣伝サイト」ではありません。家相の本質をお伝えしようとすると、どうしても空海を語らなければならないからです。

家相研究会のメンバーは四国八十八カ所霊場会の先達として、八十八カ所霊場を100回以まわる強者が数名おります。どっぷり弘法大師、空海の足跡をたどっています。

平安時代、天災、火災、地震、疫病、それらを神の祟り、「鬼」として考える風潮がありました。空海、弘法大師はそのすべての災い事を「神の祟り」とするなら、仏教、密教の力で焼き尽くして滅失させ、国家や天皇を護持していたと思われます。

それが空海が行った密教、また護摩という手法で、現在まで伝わっています。

そういった手法をとったからと言って、地震や火災、天災、疫病などが無くなるわけはありません。しかし、国家は逃げずに立ち向かったいたことに間違いはないのです。

そういった空海の考えが、現代の身近なお線香にも表れています。

真言宗では、他の宗派と違い、仏の供養だけではなく、自らの体をも浄化させる意味合いを持って、お線香を三本立てることにつなっがっているのです。

先祖(過去)、自分(現在)、子孫(未来) 三世への安寧を願うこと。

ゆえに真言宗は、線香の本数を3本にします。それを「三宝」と呼んでいます。

四国八十八カ所霊場を回られますと、分かりますが、臨済宗 曹洞宗 天台宗も取り込んで四国八十八カ所霊場としています。

空海は神も仏も習合し、様々な力を利用して治めていくのです。

そういった災い事に立ち向かう姿勢で、天皇を支えていったのでしょう。

そして外から猿が辻を見た連中が誤解をして現代まで鬼門を恐れる思想を日本に根付かせたのです。

ですから 家相は、

過去、現在、未来への祈りの場を家の中で持つこと

持つだけでなく祈る事

できる事であればその場所をよい場所にすること

それが家相学です。

「鬼門に玄関がある」、「お掃除をするとよい」、「ゴミ箱の蓋を閉めると良い」

そんなどうでもよいことが家相ではないとはっきり申しておきましょう。

家相研究会

家相研究会

家相研究会は、(NPO法人)特定非営利活動法人 家相研究会が前身の会です。

2003年に東京都に申請を行い、NPO法人化をしました。

現在はNPOとしての活動は解散し、一般研究会に戻しました。

研究会としては、30年の歴史があり、1995年より継続しています。

「家相研究家」「僧侶」「神主」「一級建築士」「四国八十八カ所霊場会先達、大先達」「四国別格霊場会先達」「歴史研究者」「民俗研究者」などで構成し、現在も30名を超える会員構成で、年に数回集まり、勉強会を重ねています。

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家相は信頼できない!

家相は信頼できない!

家相では家の中心点を「敷地の中心」 「敷地と建物の平均」「一階の建物重心」「二階の建物重心」「一階と二階の建物重心の平均」「太極柱(大黒柱)」「囲炉裏」「神棚」「床柱」「大棟」「一家の主の正寝」「商店は床の間」「武家は玄関」など 15を超える、中心点の違う考えがあります。

それを流派と言えば、流派となるでしょう。

ただでさえ胡散臭いと思われている家相ですが、流派がある、中心点が違う、「つまり見る人によって判断が違いますよ」と言っているわけで、全く信頼できないと思われるでしょう。

そして中心点から見て、トイレや玄関の位置が良いとか悪いとかまで派生するから、面白おかしい世界に入っていくのでしょう。そしてもっと派生すると、「お掃除すると良い」とか、「ここに鏡を置くと良い」とか、ますますおかしな世界に入っていくのです。

実は、15を超える中心点は、すべて祈りの場です。敷地の中心で神仏に祈りを捧げる。大黒柱に祈りを捧げる。囲炉裏に祈りを捧げる。武家は玄関が祈りの場になる。つまり祈りを行う場所を住まいの中心点としたということです。

中心点から見て、何かがあれば凶。中心点がどこなら吉ではなく、「住まいの中に願う場所があるのか、また、住まい手が願っているのかが重要なのです。

そこを間違うことで本質からどんどん外れていくのです。つまり中心点などどこでもよく、流派もどこでもよく、「住まいに願う場があり、そこで願うことが大切である、それが家相なのです

この根本を間違わないようにすべきでしょう。

仏教でも同じです。

仏教も、線香が宗派によって違う

線香を立てる、横にする、本数も違います。また線香をあげる意味すらも違ってきます。

1本 曹洞宗、臨済宗、日蓮宗
1本を折る / 横にする 浄土真宗本願寺派・大谷派
2つに折る 浄土宗
3本 天台宗、真言宗

天台宗や真言宗では、本数を増やすことで自らも清める意味を持たせます。

なら、仏教も信用できない! そうではありません。 家相もそれと同じだと思います。

中心点がどこだとか、その中心から見て、何かが「有る無し」ではなく、住まいに幸せを願う場所があるのか、住まい手が願っているのか、それこそが家相学の「良しあし」なのです。

私の家は、なになに宗だ。どこどこ宗だ。これだけお金を寄付した。けれどいっさい手を合わせることをしない。

家相の本質を見誤ることは、それに近いことだと思います。

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災いを受けるか、避けるのか

災いを受けるか、避けるのか

今回は、京都御所、「猿が辻」の本質を神道側からお伝えします。

愛知県の国府宮神社で有名な裸祭りがあります。人々の災厄を、「神男」が一身に背負う祀りごとです。

自分の厄を落とす側。他人の厄を一身に引き受ける側、神男。その神男を命がけで守る鉄鉾会(てっしょうかい)という歴代の神男で構成する警護組織で神男を命がけで守ります。

民衆から鉄鉾会メンバーが神男を守り、上からも神男を命がけで拾い上げます。そして受け口に引っ張りあげて神男を神殿に引き入れるのです。それが上記の写真です。

これをご覧になられて、京都御所の「猿が辻」を想像していただくと、猿が辻の本質が分かると思います。天皇が国民の災い事、災厄を一手に引き受けて御所内部に招き入れている。

平安時代、疫病や自然災害で苦しむ民衆を助けるために、天皇は全ての災厄をわが身で引き受けておられたと思います。そして弘法大師、空海や空海の弟(真雅)が常に皇室に寄り添い、鉄鉾会のように守っていました。それを護持僧と言います。

天皇は国民の災い事を一手に引き受けていたのです。それは現行の天皇陛下を見ても分ります。常に国民に寄り添い、様々な被災地でも誰よりも被災者に寄り添う。

写真のように鉄鉾会が神男を引き入れる口が、京都御所で例えれば猿が辻です。

猿が辻の本質は、天皇が災いを避けていたのか、受けていたのか、神道側から見ても理解できると思います。

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写真提供 稲沢市

家相の生みの親 空海の教え

家相の生みの親 空海の教え

家相の根幹(仏教と神道)でお伝えしましたが、弘法大師、空海は在地の神を大切にして仏教を広めていきました。

家相研究会なのに、なぜ仏教、なぜ神道、どうして空海、弘法大師。そう思われますよね。

しかしここが避けて通れないのであります。家相の根幹だからです。神と仏をともに大切にする空海の元、家相は生まれて育ったからです。

ここが風水とまったく違うものなのです。

上記は高野山の地図です。弘法大師が今でも修行をされていると言われる高野山です。

上の地図の赤いマークの場所に、御社(みやしろ)と言われる在地の神が大切に祀られています。四国八十八カ所霊場を回ると、お遍路さんは京都東寺、高野山にお礼に向かいます。しかしほとんどの方が御社(みやしろ)を参らず、知らず、奥の院に向かわれます。それがさみしいですが、現代の日本の姿です。

弘法大師、空海が神々を大切にされたもう一つの例は、弘法大師の生誕の地と言われる、四国香川の善通寺です。四国八十八カ所霊場会の本部でもあります。

善通寺の中に、下記の写真の鳥居があります。善通寺の五重塔前です。

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そして鳥居の奥には、五柱の神が鎮座されています。大麻明神、大歳明神、蕪津明神、雲気明神、広浜明神がお祀りされています。いずれも、善通寺周辺の鎮守神を勧請したものです。

驚かれると思います。四国八十八カ所霊場には、本堂に仏と神が一緒に祀られているお寺もあります。驚かれるでしょうが、本堂の真裏に神が祀られているお寺もあるのです。

しかし多くの参拝者は、お寺参りですから、仏に挨拶をされ、空海が大切にされた神を素通りしていきます。神と仏が習合していたことも知らない人が増え、弘法大師の志も理解されない時代になっています。

家相が間違って伝わっていくのも当然のことかもしれません。

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家相の根幹 (仏教と神道) 

家相の根幹 (仏教と神道)

手を合わせ合掌する。手を叩き祈りを捧げる。神と仏では、参拝方法や所作も大きく違います。しかしどちらも幸せを願うことに違いはありません。

ただ仏教の中でも空海、弘法大師が推し進めた神仏習合は神と仏が一体となる思想で、明治維新までの1000年以上、日本に根付く独特の思想となっていきます。ただ空海は仏教を日本に広めるにあたり、神を非常に大切にされたのです。

在地の鎮守様、神を大切にしてこそはじめて仏教は成り立つ、そういった独特の思想をもちました。神があってこそ、仏教が成り立つという思想です。

そういった思想の元、家相が生まれ、育っていく事になるのです。

次回はそれを証明するいくつかの事例をお伝えしましょう

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鬼門と言えば猿が辻

鬼門と言えば猿が辻

家相は天皇が最初に利用されたもの。平安時代、現代のように誰もが海外に行けるような時代ではありません。当然、天皇の許可で渡航を許されるわけであり、天皇にその成果を伝える義務もあります。特使は様々なことを日本に持ち込みました。

弘法大師、空海が学び、生み出したのが、密教や家相、神仏習合などですが、それらは後の日本に大きな影響を与えることになります。

そしてその家相ですが、家相と言えば、猿が辻。上記の写真のように、家相の教え通りに凹ませていると、言われる京都御所北東角の塀です。京都御所の北東角を凹ませていることから、京都の庶民は、天皇がここを避けていると誤解していきます。

そして京都の庶民は、本質を知らず真似ていきます。北東を凹ませ避けていくのです。そして全国に広まっていく。

弘法大師、空海の教えは密教です。最澄にも伝えない秘伝を京都の民衆が、外から見ただけでわかる手法で伝えたのでしょうか。本質を見た目で伝えるわけがありません。

凹ませていることが災いを避けているのか、それとも凹ませて災いを受けているのか、弘法大師、空海を知れば、全てがわかる事だと、申しておきましょう。

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家相=鬼門 鬼門=家相 

家相=鬼門 鬼門=家相

家相といえば鬼門、鬼門と言えば家相と思う方が多い事でしょう。

しかし鬼門という方位はただの北東を意味するだけのものであり、それ以上でもそれ以下でもありません。

北東を「鬼門」、南東を「風門・地門」、南西の裏鬼門を(人門・病門)、北西を(天門)とし、それぞれの四隅の方位・方角の陰陽道上の門の名です。

縁起の良いと思われる南東であっても風の影響を受ける門です。基本は、良い風を意味していますが、当然風には悪い風、突風や台風もあるからです。

このように鬼門はただの方位を表す言葉なのです。この考えが「風水では鬼門を悪い方角とは言わない、考えない」ということに繋がるのです。

令和の時代でも、コロナ禍などの感染症で世界が混乱しています。平安時代、疫病や地震、台風、火災、さまざまな天災を、神の祟りである鬼の仕業として恐れていたことから、中国から伝来された四方の門の鬼の名の門を、恐れる方位ととらえることになっていきます。そして、反対方向の南西を裏鬼門と呼び、恐れることになっていきました。

平安時代、京城四隅疫神祭(都)など、「四角四境」の祭祀を行い、世の安泰を願っていました。鬼門を恐れる祭祀を行うのではなく、都全体を守る祭祀をおこなっていたのです。

鬼門、それはただ「北東を意味するだけのこと」である。そう申しておきましょう。

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神と仏が一体になって生まれて育つ家相

神と仏が一体になって生まれて育つ家相

神を代表すれば

誰もが伊勢神宮を思い浮かべるでしょう。皇室の先祖神でもある天照大御神が祀られています。太陽を神格化した女神であり、日本国民の総氏神ともされています。天皇は天照大御神の直系の子孫とされますが、 そんな伊勢神宮には、心御柱といい、床下中央部分に柱があります。神は、「木や柱を依り代」とするためです。

そして我々はその柱に心を向け、感謝し、願いを込めています。また拍手を打ち、願いを込めるでしょう。

伊勢 五十鈴川

仏を代表すればどうでしょうか

金剛證寺の奥の院

仏を代表すればどうでしょうか

ご自分のご先祖のお墓であったり、お好きなお寺であったり、人はさまざまだと思います。

石碑や仏像に、蝋燭を立て、線香をあげ、手を合わせて合掌をする。日本人が日々接する神と仏は、お参りの所作も、向き合い方も大きく違います。

家相が生まれた平安時代、この「神と仏が一体」となって祭りごとを行っていました。これを「神仏習合」と言います。弘法大師、空海が強く推し進めた思想です。多くの日本人は、これを知らない方も増えております。明治維新で神仏は分離されましたが、江戸時代まで、日本の皇室には仏教も深く関わっていました。

上の写真は、伊勢の金剛證寺の奥の院の写真です。江戸時代、伊勢参りが盛んでした。犬まで伊勢参りをする時代。「伊勢へ参らば朝熊を駆けよ、朝熊駆けねば片参り」と言われ、伊勢神宮と一緒に朝熊山の金剛證寺を参拝するのが習わしでした。寺では仏事に用いられるのは(しきみ)ではなく神事に使われる(さかき)が供えられる、全国でも珍しいお寺なのです。

そのような環境で生まれて育ったのが家相です。神側から家相を研究するか、仏側から家相を研究するか、家相はとても面白い世界だと申しておきましょう。

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家相を取り入れると幸せが保証される?

家相を取り入れると幸せが保証される?

家相を取り入れると幸せが保証される。そういえば間違いなくこのサイトはスピリチュアルだ、宗教だと言われる事でしょう。

ですから家相と向き合おうが、取り入れようが、日々、神仏に願いを込めようが、幸せなど保証されるものではないと、「きっぱり、さっぱり」お伝えしておきましょう。

初詣に行けば一年、良い事しか起きず、悪いことは起きませんか? と聞いているようなものでしょう。

「よいこともあれば、悪いことも起きる」そんなことは、人は皆分かっています。しかし初詣に向かい、良いスタートを切ろうとする。それと同じだと思います。

日々、家の中で神や仏に挨拶をして仕事に向かう、家事を行う。良い一日のスタートは切れることになると思います。

「家相は幸せを保証するものではないが、良いスタートはきれる家にはなれる」 

そう申しておきましょう。

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家相は宗教なのか?

家相は宗教なのか?

「宗教は、神・仏などの超越的存在や、聖なるものにかかわる人間の営み。古代から現代に至るまで、世界各地にさまざまな形態のものがみられる」  と辞書には書かれます。

「宗教は、一般に、人間の力や自然の力を超えた存在への信仰を主体とする思想体系、観念体系であり、また、その体系にもとづく教義、行事、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のことである」 とWikipediaにあります。

例えば、家相を信じましょう、とか団体で推奨すれば、家相を利用した社会集団ですから、宗教でしょう。

個人の方が、日々、住まいの中で神や仏に幸せを願う営みをおこなうと、それを宗教行為と言えば宗教行為なのでしょうが、「家相が宗教」かと言えば違うと思います。それぞれの方がそれぞれが信仰する神や仏に願いを込めるわけであり、家相そのものが宗教ではありません。

初詣をしたり、旅行に行ってお寺にお参りしたり、それも宗教行為だといえば、宗教行為なのでしょうが、神や仏に、祈りを込めることが、宗教だ、スピリチュアルだ、そう議論されるぐらい日本の宗教観が、戦後のGHQにより骨抜きにされた事だけは間違いない事実のようです。

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家相は正しくも伝わっている

家相は正しくも伝わっている

1 家相は占いではない、願えば吉となるものだ

2 天皇が国民の幸せを願うために利用された。

3 家相を編み出したのは、弘法大師である。

とお伝えしました。現代の日本では家相は間違って伝わっていることが多いのですが、正しく伝承されていることもあります。

平安時代から、戦国時代になると、陰陽師は迫害を受けていきます。しかし、「番匠棟上槌打という儀式は、世に広められていきます。それは戦国時代、刀鍛冶と同様、高い地位に存在した番匠が大切にされていたからです。

その番匠が、建造物を建てる際、とりおこなった儀式が、番匠棟上槌打 といい、建物を建てる際、災いが起きぬよう邪気を取り去る儀式でした。そして家の設計図ともいえる「木割書」も作られるようになり、その番匠棟上槌打や木割書から「家相」が生み出され伝承されていくことになります。

本来は仏教儀式であったが、現代では「神道儀式の地鎮祭として」国民に伝わっています。

世に伝わるものはどんなものでも間違っても伝えられます。何が正しいのか、間違っているのか、難しい時代ではありますが、本来、家相は「幸せに暮らせることを願う儀式」であることをお伝えしておきましょう。

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誰が家相を生み出したのか?

善通寺

誰が家相を生み出したのか?

写真 善通寺

四国で生まれた空海です。弘法大師と言われる方です。中国で修業をし日本に帰り、日本の神道と仏教、道教、儒教などの学びを受け、編み出したのが家相です。

空海、弘法大師は密教も編み出します。

よく京都は、風水上よい土地などと言われますが、現実には川の水がなくなることもあり、苦労していました。火災や天災だけでなく、疫病などでも民衆は苦しんでいました。

平安時代以前も神と仏を融合させる動きがあったものの、時の天皇は、空海の力を借り、それらの災いから庶民を守る動きをしていきます。それが「神仏習合」であり、また「密教」でもあり、現代にも続く、「宮中祭祀」でもあるでしょう。

令和の時代、神仏習合などは、とうに崩壊していますし、密教も胡散臭い連中がYouTubeやテレビ、書籍の世界で活動しています。明治維新以降、宮中祭祀も様変わりしてきました。

家相は、本来のものとは全く違うものになっています。「玄関がここにあると凶」、「トイレがここにあると凶」、家相はそういった脅しの世界ではありません。これほど間違って伝えられる文化はないのかもしれません。

密教ゆえに、秘密の教え。言ったもん勝ちなのでしょうが

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誰が家相を利用したのか?

京都御所

誰が家相を利用したのか?

時の天皇が利用されています。中国から伝来した、様々な思想と日本独自の思想が混ざり合い、独自の発展をしたのが家相です。

そして歴代の天皇が利用していきます。国民の健康を願い 神と仏に祈りを込めておられました。「疫病、火災、天災、地震などの自然災害」と常に戦う平安時代。家相とは、その見えない敵と戦うために天皇が利用されたものです。

このサイトをご覧いただくと、今まで多くのオールドメディアが流している内容と大きく違っていることに驚かれると思います。

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どっちが家相では「吉」「凶」

どっちが家相では「吉」「凶」

家相とは、「間取りがどう」とか、「お掃除がされている」、とかではありません。まったく違います。簡単にいえば、「神や仏」に願いを込めている「家」かどうかということです。

願いを込めていれば「吉」 こめていなければ「凶」 そう考えていただければよいでしょう。

ネットやテレビ、大方の書籍では、占いとして扱われ、家相が悪いと、縁起が悪いことが起きると言われます。家相は、そういったものではありません。

例えば、上のような立派な住まいに住んでいる方がいるとします。私が設計すればお金持ちになる、金運が舞い込む、それを信用して家を建て、金運が舞い込む大吉の家だと思って生活をされている人がいます。しかしその住まいには、神棚や仏壇もなく、日々、神や仏に感謝する場所すらなく、感謝することもしない家だとしましょう。

逆に上の写真のような古い会社の社宅に暮らしているが、「神」や「仏」に日々、感謝する暮らしをされている家があるとしましょう。

どちらが家相の良い家なのでしょうか

間違いなく後者であるということです。

家相とは 何かと問われたら? 

家相とは

「神」や「仏」に感謝できる場が設けられている家、そして住まい手が、日々、感謝して暮らしている家かどうかを判断するものです。

感謝して暮らす家であれば「吉」 暮らさない家であれば「凶」と申しておきましょう。

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