家相を解き明かす

家相を解き明かす

ある街に、大きな豪邸に住む人がいました。その町は、定期的に大火に見舞われ、台風や地震もあり、人々は苦しみました。

そして現代で言うコロナ禍のような疫病も起き、その豪邸の主は悩みます。その国は「穢れ」を嫌う思想がありました。そんなとき海外から帰った者が、秘伝としてその災いごとと戦う手法を取り入れます。秘伝ですから、その本質は外部に伝わることはありません。

その者は、北東から災いが来ると考え、北東の塀を凹ませました。するとその国は、災い事から免れようと、真似する輩が増えていき、1000年以上に渡り伝えられることになりました。

家相の生い立ちを昔話のように語るとこんな感じではないでしょうか。

上記の写真は京都御所です。天皇が明治維新までお住まいになられた場所です。

凹んでいる場所を「猿が辻」と呼びますが、天皇が鬼門を恐れ、凹ませたと言われる築地塀です。

天皇が鬼門を「恐れた」「避けた」「凹ませた」と1000年以上伝わってきましたから、それにより、WEBや書籍、テレビなどでも鬼門を恐れる文化が、今でも日本には深く根付いています。

しかしよく考えてください。ものごとから逃げる姿勢は「勇気がない」「責任がない」と言われることに繋がります。国民の象徴である天皇に対して、これほど失礼な話はありません。

実は、天皇は恐れるどころか、災い事に毅然と立ち向かっておられたのです。そして国民すべての災いをわが身を通して引き受けておられました。それが宮中祭祀四方拝です。

天皇は恐れるどころか、常に戦っておられたのです。それは現在の天皇であっても常に国民に寄り添い、災害が起きれば現地に向かい、跪いて寄り添われる。

言っておきますが、このサイトは「天皇」を語るサイトではありません。また「弘法大師、空海、真言宗」の宣伝サイトでもありません。

家相の本質をお伝えするWEBサイトです。

「しっかり家相の本質を解き明かしてまいります」