石灰壇が家相の発祥

石灰壇が家相の発祥

石灰壇(いしばいのだん)、宮内庁では、(いしばいだん)とよんでいます。

宮内庁ホームページ  まず宮内庁のHPでしっかりご覧ください。

木造建築物である清涼殿の内部なのですが、地面から土を盛り上げ、漆喰で固めた床の仕上げになっています。恐らく地面と繋がることで、伊勢の神や四方の神々への思いが直接届きやすいようにされたのだと思います。

家相が始まった平安時代につくられ、火災で焼失し、また再興され、また焼失し、1855年に復興するなど、「造られては焼失」を繰り返しております。

石灰壇は、時の天皇が、祭祀を行っていた聖なる場所です。朝日が入る清涼殿の中でも一番良い場所であることは間違いありません。そういった場所で祭祀祭礼を行い、世の安泰、五穀豊穣を願っていたのです

ですから京都御所内部にある「石灰壇」こそ、家相が発祥した場所です。京都御所外部猿が辻」が発祥の場所ではありません。

家相ではよく、ナンテンを植えると難を転じるとか、土地の鬼門方向を切り欠けば災いが逃れるなどと言われます。家相の代表的な迷信でもありますが、それらはすべて後ろ向き、ネガティブに逃げる対策法であります。「石灰壇」のようにポジティブに願う所作を行う場所を持つことが家相の本質であるということです。

また宮内庁の写真をご覧になると、炉がきられています。密教ですから、ごく限られた人間のみの伝承だと思われますが、護摩も行われていたでしょう。四方拝は代拝も許されない特別な祭祀であると言われており、仏教だけでなく、道教や陰陽要素が含まれた、空海、弘法大師の影響が大きいと思われます。

石灰壇(いしばいだん)が家相の発祥であることがご理解いただけたと思います。聖なる場所を持ち、日々願うことが家相の本質であり、災い事から逃げる対策をすることが家相ではありません。家相は、前向きなものであると申しておきましょう。

家相研究会