災いを受けるか、避けるのか

災いを受けるか、避けるのか

今回は、京都御所、「猿が辻」の本質を神道側からお伝えします。

愛知県の国府宮神社で有名な裸祭りがあります。人々の災厄を、「神男」が一身に背負う祀りごとです。

自分の厄を落とす側。他人の厄を一身に引き受ける側、神男。その神男を命がけで守る鉄鉾会(てっしょうかい)という歴代の神男で構成する警護組織で神男を命がけで守ります。

民衆から鉄鉾会メンバーが神男を守り、上からも神男を命がけで拾い上げます。そして受け口に引っ張りあげて神男を神殿に引き入れるのです。それが上記の写真です。

これをご覧になられて、京都御所の「猿が辻」を想像していただくと、猿が辻の本質が分かると思います。天皇が国民の災い事、災厄を一手に引き受けて御所内部に招き入れている。

平安時代、疫病や自然災害で苦しむ民衆を助けるために、天皇は全ての災厄をわが身で引き受けておられたと思います。そして弘法大師、空海や空海の弟(真雅)が常に皇室に寄り添い、鉄鉾会のように守っていました。それを護持僧と言います。

天皇は国民の災い事を一手に引き受けていたのです。それは現行の天皇陛下を見ても分ります。常に国民に寄り添い、様々な被災地でも誰よりも被災者に寄り添う。

写真のように鉄鉾会が神男を引き入れる口が、京都御所で例えれば猿が辻です。

猿が辻の本質は、天皇が災いを避けていたのか、受けていたのか、神道側から見ても理解できると思います。

家相研究会

写真提供 稲沢市