そんなの関係ねぇ!

そんなの関係ねー

そんなの関係ねぇ!

そんなの関係ねぇ!。大人気、小島よしおさんのフレーズです。

家相研究会は、家相を解き明かしてまいりました。神や仏に日々感謝して暮らせば、それが「吉だ」 そういってまいりました。今まで聞いていた家相とは大きく違うことに気づかれたと思います。

なら家相でよく言われる、正中線や張り欠け、間取りなども気にしなくてよいのでしょうか? 誰もが気になさると思います。ずばり

とお伝えしておきましょう。

でお伝えした通りです。間取りや正中線だ。張り欠けだ。まったく気にする必要はありません。平安時代から明治維新まで1200年以上続いた家相はそういったものではないからです。それこそ占いの先生に、張りや欠け、三所三備が非常に多い構造の京都御所の図面を鑑定していただければよいでしょう。

多くの庶民も、借家である長屋に住み、間取りなど気にすることすらできません。それでも庶民は、幸せに暮らしてきたのです。そう申しておきましょう。

家相研究会

家相は信頼できない!

家相は信頼できない!

家相では家の中心点を「敷地の中心」 「敷地と建物の平均」「一階の建物重心」「二階の建物重心」「一階と二階の建物重心の平均」「太極柱(大黒柱)」「囲炉裏」「神棚」「床柱」「大棟」「一家の主の正寝」「商店は床の間」「武家は玄関」など 15を超える、中心点の違う考えがあります。

それを流派と言えば、流派となるでしょう。

ただでさえ胡散臭いと思われている家相ですが、流派がある、中心点が違う、「つまり見る人によって判断が違いますよ」と言っているわけで、全く信頼できないと思われるでしょう。

そして中心点から見て、トイレや玄関の位置が良いとか悪いとかまで派生するから、面白おかしい世界に入っていくのでしょう。そしてもっと派生すると、「お掃除すると良い」とか、「ここに鏡を置くと良い」とか、ますますおかしな世界に入っていくのです。

実は、15を超える中心点は、すべて祈りの場です。敷地の中心で神仏に祈りを捧げる。大黒柱に祈りを捧げる。囲炉裏に祈りを捧げる。武家は玄関が祈りの場になる。つまり祈りを行う場所を住まいの中心点としたということです。

中心点から見て、何かがあれば凶。中心点がどこなら吉ではなく、「住まいの中に願う場所があるのか、また、住まい手が願っているのかが重要なのです。

そこを間違うことで本質からどんどん外れていくのです。つまり中心点などどこでもよく、流派もどこでもよく、「住まいに願う場があり、そこで願うことが大切である、それが家相なのです

この根本を間違わないようにすべきでしょう。

仏教でも同じです。

仏教も、線香が宗派によって違う

線香を立てる、横にする、本数も違います。また線香をあげる意味すらも違ってきます。

1本 曹洞宗、臨済宗、日蓮宗
1本を折る / 横にする 浄土真宗本願寺派・大谷派
2つに折る 浄土宗
3本 天台宗、真言宗

天台宗や真言宗では、本数を増やすことで自らも清める意味を持たせます。

なら、仏教も信用できない! そうではありません。 家相もそれと同じだと思います。

中心点がどこだとか、その中心から見て、何かが「有る無し」ではなく、住まいに幸せを願う場所があるのか、住まい手が願っているのか、それこそが家相学の「良しあし」なのです。

私の家は、なになに宗だ。どこどこ宗だ。これだけお金を寄付した。けれどいっさい手を合わせることをしない。

家相の本質を見誤ることは、それに近いことだと思います。

家相研究会

家相=鬼門 鬼門=家相 

家相=鬼門 鬼門=家相

家相といえば鬼門、鬼門と言えば家相と思う方が多い事でしょう。

しかし鬼門という方位はただの北東を意味するだけのものであり、それ以上でもそれ以下でもありません。

北東を「鬼門」、南東を「風門・地門」、南西の裏鬼門を(人門・病門)、北西を(天門)とし、それぞれの四隅の方位・方角の陰陽道上の門の名です。

縁起の良いと思われる南東であっても風の影響を受ける門です。基本は、良い風を意味していますが、当然風には悪い風、突風や台風もあるからです。

このように鬼門はただの方位を表す言葉なのです。この考えが「風水では鬼門を悪い方角とは言わない、考えない」ということに繋がるのです。

令和の時代でも、コロナ禍などの感染症で世界が混乱しています。平安時代、疫病や地震、台風、火災、さまざまな天災を、神の祟りである鬼の仕業として恐れていたことから、中国から伝来された四方の門の鬼の名の門を、恐れる方位ととらえることになっていきます。そして、反対方向の南西を裏鬼門と呼び、恐れることになっていきました。

平安時代、京城四隅疫神祭(都)など、「四角四境」の祭祀を行い、世の安泰を願っていました。鬼門を恐れる祭祀を行うのではなく、都全体を守る祭祀をおこなっていたのです。

鬼門、それはただ「北東を意味するだけのこと」である。そう申しておきましょう。

家相研究会

神と仏が一体になって生まれて育つ家相

神と仏が一体になって生まれて育つ家相

神を代表すれば

誰もが伊勢神宮を思い浮かべるでしょう。皇室の先祖神でもある天照大御神が祀られています。太陽を神格化した女神であり、日本国民の総氏神ともされています。天皇は天照大御神の直系の子孫とされますが、 そんな伊勢神宮には、心御柱といい、床下中央部分に柱があります。神は、「木や柱を依り代」とするためです。

そして我々はその柱に心を向け、感謝し、願いを込めています。また拍手を打ち、願いを込めるでしょう。

伊勢 五十鈴川

仏を代表すればどうでしょうか

金剛證寺の奥の院

仏を代表すればどうでしょうか

ご自分のご先祖のお墓であったり、お好きなお寺であったり、人はさまざまだと思います。

石碑や仏像に、蝋燭を立て、線香をあげ、手を合わせて合掌をする。日本人が日々接する神と仏は、お参りの所作も、向き合い方も大きく違います。

家相が生まれた平安時代、この「神と仏が一体」となって祭りごとを行っていました。これを「神仏習合」と言います。弘法大師、空海が強く推し進めた思想です。多くの日本人は、これを知らない方も増えております。明治維新で神仏は分離されましたが、江戸時代まで、日本の皇室には仏教も深く関わっていました。

上の写真は、伊勢の金剛證寺の奥の院の写真です。江戸時代、伊勢参りが盛んでした。犬まで伊勢参りをする時代。「伊勢へ参らば朝熊を駆けよ、朝熊駆けねば片参り」と言われ、伊勢神宮と一緒に朝熊山の金剛證寺を参拝するのが習わしでした。寺では仏事に用いられるのは(しきみ)ではなく神事に使われる(さかき)が供えられる、全国でも珍しいお寺なのです。

そのような環境で生まれて育ったのが家相です。神側から家相を研究するか、仏側から家相を研究するか、家相はとても面白い世界だと申しておきましょう。

家相研究会

家相を取り入れると幸せが保証される?

家相を取り入れると幸せが保証される?

家相を取り入れると幸せが保証される。そういえば間違いなくこのサイトはスピリチュアルだ、宗教だと言われる事でしょう。

ですから家相と向き合おうが、取り入れようが、日々、神仏に願いを込めようが、幸せなど保証されるものではないと、「きっぱり、さっぱり」お伝えしておきましょう。

初詣に行けば一年、良い事しか起きず、悪いことは起きませんか? と聞いているようなものでしょう。

「よいこともあれば、悪いことも起きる」そんなことは、人は皆分かっています。しかし初詣に向かい、良いスタートを切ろうとする。それと同じだと思います。

日々、家の中で神や仏に挨拶をして仕事に向かう、家事を行う。良い一日のスタートは切れることになると思います。

「家相は幸せを保証するものではないが、良いスタートはきれる家にはなれる」 

そう申しておきましょう。

家相研究会

家相は宗教なのか?

家相は宗教なのか?

「宗教は、神・仏などの超越的存在や、聖なるものにかかわる人間の営み。古代から現代に至るまで、世界各地にさまざまな形態のものがみられる」  と辞書には書かれます。

「宗教は、一般に、人間の力や自然の力を超えた存在への信仰を主体とする思想体系、観念体系であり、また、その体系にもとづく教義、行事、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のことである」 とWikipediaにあります。

例えば、家相を信じましょう、とか団体で推奨すれば、家相を利用した社会集団ですから、宗教でしょう。

個人の方が、日々、住まいの中で神や仏に幸せを願う営みをおこなうと、それを宗教行為と言えば宗教行為なのでしょうが、「家相が宗教」かと言えば違うと思います。それぞれの方がそれぞれが信仰する神や仏に願いを込めるわけであり、家相そのものが宗教ではありません。

初詣をしたり、旅行に行ってお寺にお参りしたり、それも宗教行為だといえば、宗教行為なのでしょうが、神や仏に、祈りを込めることが、宗教だ、スピリチュアルだ、そう議論されるぐらい日本の宗教観が、戦後のGHQにより骨抜きにされた事だけは間違いない事実のようです。

家相研究会

家相は正しくも伝わっている

家相は正しくも伝わっている

1 家相は占いではない、願えば吉となるものだ

2 天皇が国民の幸せを願うために利用された。

3 家相を編み出したのは、弘法大師である。

とお伝えしました。現代の日本では家相は間違って伝わっていることが多いのですが、正しく伝承されていることもあります。

平安時代から、戦国時代になると、陰陽師は迫害を受けていきます。しかし、「番匠棟上槌打という儀式は、世に広められていきます。それは戦国時代、刀鍛冶と同様、高い地位に存在した番匠が大切にされていたからです。

その番匠が、建造物を建てる際、とりおこなった儀式が、番匠棟上槌打 といい、建物を建てる際、災いが起きぬよう邪気を取り去る儀式でした。そして家の設計図ともいえる「木割書」も作られるようになり、その番匠棟上槌打や木割書から「家相」が生み出され伝承されていくことになります。

本来は仏教儀式であったが、現代では「神道儀式の地鎮祭として」国民に伝わっています。

世に伝わるものはどんなものでも間違っても伝えられます。何が正しいのか、間違っているのか、難しい時代ではありますが、本来、家相は「幸せに暮らせることを願う儀式」であることをお伝えしておきましょう。

家相研究会

誰が家相を利用したのか?

京都御所

誰が家相を利用したのか?

時の天皇が利用されています。中国から伝来した、様々な思想と日本独自の思想が混ざり合い、独自の発展をしたのが家相です。

そして歴代の天皇が利用していきます。国民の健康を願い 神と仏に祈りを込めておられました。「疫病、火災、天災、地震などの自然災害」と常に戦う平安時代。家相とは、その見えない敵と戦うために天皇が利用されたものです。

このサイトをご覧いただくと、今まで多くのオールドメディアが流している内容と大きく違っていることに驚かれると思います。

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どっちが家相では「吉」「凶」

どっちが家相では「吉」「凶」

家相とは、「間取りがどう」とか、「お掃除がされている」、とかではありません。まったく違います。簡単にいえば、「神や仏」に願いを込めている「家」かどうかということです。

願いを込めていれば「吉」 こめていなければ「凶」 そう考えていただければよいでしょう。

ネットやテレビ、大方の書籍では、占いとして扱われ、家相が悪いと、縁起が悪いことが起きると言われます。家相は、そういったものではありません。

例えば、上のような立派な住まいに住んでいる方がいるとします。私が設計すればお金持ちになる、金運が舞い込む、それを信用して家を建て、金運が舞い込む大吉の家だと思って生活をされている人がいます。しかしその住まいには、神棚や仏壇もなく、日々、神や仏に感謝する場所すらなく、感謝することもしない家だとしましょう。

逆に上の写真のような古い会社の社宅に暮らしているが、「神」や「仏」に日々、感謝する暮らしをされている家があるとしましょう。

どちらが家相の良い家なのでしょうか

間違いなく後者であるということです。

家相とは 何かと問われたら? 

家相とは

「神」や「仏」に感謝できる場が設けられている家、そして住まい手が、日々、感謝して暮らしている家かどうかを判断するものです。

感謝して暮らす家であれば「吉」 暮らさない家であれば「凶」と申しておきましょう。

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